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既存の人類とイノベイター

ELSとの対話を経た地球圏では、既存の人類と進化した人類であるイノベイター、そして全く異質な生命体ELSとが共存を目指していくことになります。この内、ELSについては来訪した個体のそのほとんどが融合し、巨大な花として宇宙に留まったことから、少なくとも地上においては大きな問題を起こすことは無いものと思われました。しかしその結果、既存人類の危機意識はイノベイターへと向けられ、同じ姿形、同じ言葉を持ちながらも大きな能力格差が存在する両者の対立は、イノベイターの増加に比例して深まっていくこととなります。もしELSが一定の脅威を与え続けるような危険な存在であったならば、あるいは人類間の争いの火種はくすぶったまま大きな炎とはならず、そのまま消え去っていたかもしれません。既存人類とイノベイターの紛争が勃発したことは、対話後のELSがいかに安全で、人類に対して不干渉であったのかの証左であるとも言えます。

既存人類がイノベイターに敵意を抱いてしまう最たる理由は、やはり寿命の問題であると思われます。身体能力の格差については、24世紀の社会では一般的となっている身体機能補助用のナノマシンの投与や、高度な義体技術を応用した装具などによって、ある程度解消することが可能でしょう。また、脳量子波による意識共有についても、すでに情報通信技術がきわめて発達している社会においては必ずしも便利なものとは言えません。上手く制御できなければ、知られたくない心の内を他者に曝け出し、知りたくもない他者の胸の内を知ってしまうという危険性もあり、むしろそのような能力は要らないと考える人々も多いでしょう。連邦軍のイノベイターであったデカルト・シャーマンなどは、モルモットのごとく扱われていることへの不満もさることながら、その強い脳量子波能力によって他者の思考を読み取れてしまうストレスで、より荒んでしまっていたようにも見えました。

既存人類によるイノベイター排斥の流れを加速させないための最大の方策として、「イノベイターへと変革する可能性は誰にでも与えられている」のだということを連邦政府は繰り返し訴えることになります。自身や家族、友人が明日にもイノベイターとなっているかもしれないと想像すれば、大半の人間は排斥運動に参加することを思いとどまるはずだからです。その一方で、既存人類とイノベイターの能力格差を解消するための具体的な施策も実行していかねばなりません。この場合、圧倒的多数の既存人類の能力を底上げするよりも、少数のイノベイター達の能力を制限することの方がはるかに容易であり、おそらく初期の段階においては、人権を踏みにじるかのような様々な制約がイノベイターに課せられたであろうことが想像できます。それらは対立を回避することが目的であったものの、既存人類に対する強い敵意をイノベイター達にも生じさせることとなり、結果的に両者の争いが数十年という長きに及ぶ原因の一つとなったとも考えられます。
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