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終わりなき対話

ELSの来訪から半世紀が経過した西暦2364年、多くの障害を乗り越えた人類はついに紛争根絶を成し遂げ、イオリア計画の最終段階、外宇宙への旅立ちの日を迎えようとしていました。その祝福すべきイベントと時を同じくして、外宇宙での長い旅を終え、地球への帰還を果たした人物がいます。かつてELSの母星へと旅立ったCBのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイです。クアンタとともに帰還した刹那は、平和で豊かな国となったアザディスタンへと降り立ち、マリナ・イスマイールと再会します。老いたマリナは目を患っており、刹那の姿を見ることはかないませんでしたが、あの頃と全く変わらない刹那の声ですぐさまに理解できたようです。声のみならず、刹那の姿形は50年前と何ら変わっておらず、その理由は刹那の身に起きた決定的な変化にありました。帰還した刹那の肉体は、ELSのような金属の輝きを放っていたのです。マリナがそれを知ることがなかったのは、むしろ救いであったかもしれません。もし目が見えていたのなら、人類の未来のために刹那が失ったものの大きさを思い知らされ、その老いた身に深い悲しみを刻まずにはいられなかったことでしょう。

量子ジャンプによってELSの母星へと辿りついた刹那は、時を置かずして全てのELSの中枢である存在との対話を始めることとなります。地球で行われたクアンタムバーストによる対話では、ELSの人類に対する理解はきわめて浅い段階に留まっており、このままでは誤解からさらなる衝突を招くことは必至であったからです。有機生命体としての構造だけではなく、人間の精神、心というものをELSに理解させるには、クアンタムバーストを越える意識共有を行うしかありません。それはつまり刹那自身がELSと融合するということを意味していました。ELSの母星へと旅立つことを決めた時点で、刹那はその覚悟をも終えていたのでしょう。おそらくクアンタもろともに、刹那はその身をELSにゆだねたものと思われます。ELSによって肉体を侵食された連邦軍のイノベイター、デカルト・シャーマンは、ELSから送り込まれる暴力的な情報の奔流によって正気を失い、そのまま命を落とすこととなりました。地球での対話を経て、人間が受け止められる情報量の限界をELSが学習していなければ、刹那もまた同じ末路を辿っていたはずです。

刹那とELSとの対話は、緩やかに、長い時間をかけて行われることとなりましたが、それは決して孤独ではなく、閉じたものでもありませんでした。クアンタに搭載された端末に宿るティエリア、その母体ともいうべきヴェーダが蓄積した膨大な情報、そして地球にいるハイブリッドイノベイターたちの存在も、ELSの人類に対する理解を深める上で大きな役割を果たしたことでしょう。対話はELSの母星でのみ行われたわけではなく、ある時点から刹那は融合したELSとともに外宇宙を巡る旅を行っていたとされています。最終的にどれだけの時間がこの対話に費やされたのかは定かではありません。しかしながら、別々の星に発生して全く異なった進化を辿った生命体同士が、互いが持つ歴史に比すればわずかに過ぎない年月で完全に理解しあえるものでしょうか。地球に帰還してもなお、果てのない対話を刹那は続けている。そう考えるのがあるいは当然なのかも知れません。
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