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禁忌に触れる刹那

人類をはるかに超越する知性を持つELSは、融合した物体がたとえ未知の文明のものであってもその機能を即座に理解し、壊れたものであればそれが壊れた状態であるということを認識し、あるべき姿を高精度に推測し、復元することが可能です。その能力は対象が生命体であっても同様で、木星探査船エウロパに接触したELSは、内部に残されていたイノベイドの遺体と融合し、ミイラ化していたであろう肉体を表面上のみとはいえ生前の状態へと復元しています。そして刹那との対話後、より深く人類を理解するようになったELSは生命体をより完全に模倣することが可能となりました。それにより、脳なども含めた肉体の一部をELSに侵食されながらもイノベイターとしての資質が高かった者などは、ELSが本来の肉体を模倣することによって機能を回復しています。融合した部位のみが金属生命体であるELS本来の重さのままでは生命活動に支障をきたすことから、ELSはその重ささえも再現できるのでしょう。生命体、非生命体であるかを問わず、壊れたものをほぼ完全に復元してしまえるというELSのこの能力。恐るべきは、人類にとって禁忌ともいえる行い、死者の蘇生を可能としてしまう危険性を孕んでいるということにあります。

ELSの母星へと旅立ち、さらなる対話のためにELSとの融合を果たした刹那は、その能力を借りて過去に喪ったある人物の遺体を探し当てます。それはかつての国連軍との戦いで戦死したニール・ディランディです。ニールの肉体は爆発には巻き込まれたものの四散したというわけではなく、ノーマルスーツの姿のままで宇宙を漂流していました。地球近傍に限定したとしても無限ともいえる宇宙空間の中から人間1人を発見することは至難と言えますが、ELSの能力をもってすれば不可能ではないのでしょう。発見されたニールの遺体はELSによって修復が行われ、ついには意識を取り戻し、量子空間の中で刹那との再会を果たします。刹那は死者を蘇生させてしまったということになります。そして刹那はニールに語りかけます。「生きてくれ。生き抜いてくれ。俺が生きられないこの世界で、俺の代わりに」

刹那も初めからニールを蘇生させようなどとは考えていなかったでしょう。その可能性すら想像することなく、ただ弔いのために遺体を見つけ、仲間の元に送り届けたいという一心であったはずです。しかしELSによって遺体が修復された結果、ニールの意識までもが蘇ってしまった。それによって、刹那の中で長くわだかまり続けていた想いが決壊してしまったのかもしれません。かつて刹那はその命をニールの銃口に委ねながら、ガンダムマイスターとして生きることを許されました。そして国連軍との戦いでは、刹那が単独行動をとっていたために仲間は窮地に陥り、ニールの死という結果を招くことになりました。そもそも自分の命はニールから預けられたものに過ぎないという強い思いが、刹那の中にはあったはずです。対話のためにELSとの完全な融合を果たさんとしている刹那は、尋常な人間としては死を迎えようとしています。その前に、預けられていたものを彼に返さなければならない。刹那が禁忌を踏み越えるに至った理由は、ただそれだけのことなのかもしれません。
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