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刹那とELSの融合

旅立ちから半世紀を経て地球へと帰還し、マリナ・イスマイールとの再会を果たした刹那・F・セイエイ。ELSとの対話に費やした長い時間は、青年期においても未成熟に見えた彼の精神を育み、戦いの否定という、かつては拒絶することしかできなかったマリナの理想を理解し、肯定できるようにもなっていました。その一方で、刹那の容姿は青年期のままに時を止めていました。いかに常人に比べて老化が遅いイノベイターであるとはいえ、50年という時間には本来逆らいえません。それにも関わらず、刹那が若い姿のままあるのには理由があり、それは金属色に輝く彼の肌の色がすべてを物語っていました。対話のため、刹那はELSとの完全な融合を果たしていたのです。

ハイブリッドイノベイターの場合、まずELSが人間の肉体を侵食、変貌させ、その後に本来の肉体を模倣するという形で成立します。肉体の機能は完全に回復するものの、侵食された部位はあくまでELSという別の生物に過ぎません。しかし刹那とELSとの融合は、生物的特徴を一方的に相手に押し付け、塗りつぶしてしまうのではなく、対話によって互いを理解し、一つの存在となる上で障害となるような相容れない性質については互いに妥協するという形で行われました。そのようにして誕生した新たな生命体「刹那」を構成する細胞は、人間とELSの特徴を合わせ持ちながらも、いずれの生物とも異なるものとなりました。

「刹那」はもはや人間でもELSでもありません。マリナとの再会の様子を見る限りにおいては、刹那としての人格、記憶は保持しているように思われますが、人間とは全く異質であったELSの精神構造をも融合しているのだとすれば、やはりかつての刹那とは別人であると言えるでしょう。肉体面においては、きわめて長寿命であろうことを除けば、不明であるとしか言えません。確かなことは、人間とELSの性質を合わせ持ちながらも、同時にそれぞれが本来持っていた性質のいくつかを失っているであろうということです。肌の色が金属色となっていることもその一つの例でしょう。肌の色から「刹那」もELSのように肉体を自由に変貌させるのではないかと想像させますが、その能力は人間としての在り方をあまりにも逸脱しています。「刹那」という存在は、刹那とELSの互いを尊重しようという想いの結実です。対話によって、人間が持つ「個」という概念を理解したであろうELSは、その証明である刹那というデザインを否定するような能力を残すことにはこだわらなかったかもしれません。
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終わりなき対話

ELSの来訪から半世紀が経過した西暦2364年、多くの障害を乗り越えた人類はついに紛争根絶を成し遂げ、イオリア計画の最終段階、外宇宙への旅立ちの日を迎えようとしていました。その祝福すべきイベントと時を同じくして、外宇宙での長い旅を終え、地球への帰還を果たした人物がいます。かつてELSの母星へと旅立ったCBのガンダムマイスター、刹那・F・セイエイです。クアンタとともに帰還した刹那は、平和で豊かな国となったアザディスタンへと降り立ち、マリナ・イスマイールと再会します。老いたマリナは目を患っており、刹那の姿を見ることはかないませんでしたが、あの頃と全く変わらない刹那の声ですぐさまに理解できたようです。声のみならず、刹那の姿形は50年前と何ら変わっておらず、その理由は刹那の身に起きた決定的な変化にありました。帰還した刹那の肉体は、ELSのような金属の輝きを放っていたのです。マリナがそれを知ることがなかったのは、むしろ救いであったかもしれません。もし目が見えていたのなら、人類の未来のために刹那が失ったものの大きさを思い知らされ、その老いた身に深い悲しみを刻まずにはいられなかったことでしょう。

量子ジャンプによってELSの母星へと辿りついた刹那は、時を置かずして全てのELSの中枢である存在との対話を始めることとなります。地球で行われたクアンタムバーストによる対話では、ELSの人類に対する理解はきわめて浅い段階に留まっており、このままでは誤解からさらなる衝突を招くことは必至であったからです。有機生命体としての構造だけではなく、人間の精神、心というものをELSに理解させるには、クアンタムバーストを越える意識共有を行うしかありません。それはつまり刹那自身がELSと融合するということを意味していました。ELSの母星へと旅立つことを決めた時点で、刹那はその覚悟をも終えていたのでしょう。おそらくクアンタもろともに、刹那はその身をELSにゆだねたものと思われます。ELSによって肉体を侵食された連邦軍のイノベイター、デカルト・シャーマンは、ELSから送り込まれる暴力的な情報の奔流によって正気を失い、そのまま命を落とすこととなりました。地球での対話を経て、人間が受け止められる情報量の限界をELSが学習していなければ、刹那もまた同じ末路を辿っていたはずです。

刹那とELSとの対話は、緩やかに、長い時間をかけて行われることとなりましたが、それは決して孤独ではなく、閉じたものでもありませんでした。クアンタに搭載された端末に宿るティエリア、その母体ともいうべきヴェーダが蓄積した膨大な情報、そして地球にいるハイブリッドイノベイターたちの存在も、ELSの人類に対する理解を深める上で大きな役割を果たしたことでしょう。対話はELSの母星でのみ行われたわけではなく、ある時点から刹那は融合したELSとともに外宇宙を巡る旅を行っていたとされています。最終的にどれだけの時間がこの対話に費やされたのかは定かではありません。しかしながら、別々の星に発生して全く異なった進化を辿った生命体同士が、互いが持つ歴史に比すればわずかに過ぎない年月で完全に理解しあえるものでしょうか。地球に帰還してもなお、果てのない対話を刹那は続けている。そう考えるのがあるいは当然なのかも知れません。
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GNドライヴのブラックボックス

CBが武力介入を開始した2307年からさかのぼること約90年前、木星において5基のGNドライヴは完成しました。その後、開発に関わった人員はことごとく抹殺され、拠点となった探査船エウロパも破壊されることとなります。開発者たちが抹殺されなければならなかったのは、GNドライヴの存在とその製造法が万が一にも組織の外部に漏洩することを防ぐためですが、彼らもCBの一員であるならば機密の保持には同意していたはずで、ここまでの非情な措置が取られる必要があったのかと、疑問が残るところです。あるいは開発者たちの間では、GNドライヴの使い道について組織の方針とは異なる意見が沸き上がっていたのかもしれません。地球から遠く隔絶された木星での数十年という長い年月は、人の心を変えてしまうには十分と言えます。彼らは外の世界においてはすでに死者であり、帰る場所はありません。GNドライヴという世界を変え得る発明を成し遂げたにも関わらず、歴史に名が残ることは無く、武力介入の開始がまだ遠い未来の事である以上、CBによる変革を見届けることも叶いません。であるならばいっそ、このままGNドライヴを秘匿するのではなく世界にその存在を公表してしまえばいいのではないか。GNドライヴによって技術革新を引き起こし、人類の宇宙への進出を促進させることによってでも紛争の根絶は果たせるのではないだろうか。そういった考えを抱く者がいたとしても不思議ではないでしょう。武力介入の要であるガンダムマイスターたちも、決して一様の考えの持ち主ではありませんでした。

木星という過酷な環境で、GNドライヴの開発に人生の大半を費やした者たちがいかなる心境の下にあったのか、それを知るすべはもはやありません。ただ確かなことは、彼らは初めから抹殺される定めにあったということです。イオリアが遺した理論を基にGNドライヴをゼロから作り上げた彼らは、イアンらガンダムの開発者などには知り得ないCBの最高機密に触れえる立場にありました。それはGNドライヴのブラックボックスと呼ばれるものです。完成し、CBの手に渡ったGNドライヴは技術の進歩や経年劣化に伴い改良が施されることになりますが、決して停止させることができないコアの部分については、誰も手を付けることができませんでした。ブラックボックスはおそらくそのコア部に付随しているもので、トランザムシステムやツインドライヴシステム、パイロットの脳量子波を感知する機能、量子化、トランザムバーストと、のちにリボンズ=アルマークを驚愕させることとなるGNドライヴの数々の能力は、開発された時点ですでにブラックボックスに収められていたものと考えられます。それらは恐らく高度な暗号化が施され、開発者自身も自分が作っているのは一体何のためのシステムなのか、真には理解していなかったという可能性が高いでしょう。しかし開発者が生存している限りは、その記憶を基に再現することも不可能とは言えません。その時が来るまでは、いかなる者にも存在を察知されてはならない多くの超機密。それらに触れてしまったGNドライヴの開発者たちには、機密もろともに隠滅されるという道以外は残されていなかったのです。
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