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クラウス・グラード

ユニオン、人類革新連盟、AEUの三大陣営が中心となって組織した国連軍は多大な犠牲を払いながらもCBに勝利し、その後、わずか2年という期間で地球連邦政府を発足させることとなりました。このあまりに急速な変化に対して、各陣営に所属していた国家群の全てが諸手を挙げて賛同したわけではありません。また三大陣営に所属していなかった中東やアフリカの国々の多くも地球連邦への参加を拒否したため、地球連邦は恒久平和を目的とした体制を謳いながら、その誕生の時点から圧倒的な軍事力を背景に反抗する勢力を抑圧していくこととなります。この姿勢に対して特に大きな反発を示したのは、長年に渡ってイデオロギーのために血を流してきた軍人達です。地球連邦への移行期、各国の軍からは大量の離脱者が発生することとなりました。彼らが軍から持ち出した兵器を持ち寄り結成した最大の反連邦組織がカタロンです。クラウス・グラードは、そのカタロンの中東第三支部リーダーとして物語に登場します。

クラウスは支部リーダーとなる以前にはイナクトに搭乗し、連邦軍の擬似GNドライヴ搭載型MSとの戦闘も経験しています。イナクトはGNドライヴ登場以前にはフラッグと並ぶ最新鋭の機体でした。それを乗りこなすにはフラッグファイターに匹敵する技量が要求されるはずで、あるいはクラウスは元々はAEUのMSパイロット、それも名の知られたエースだったのかもしれません。そのパイロットとしての技量はカタロンにとって貴重であったはずですが、連邦軍の擬似GNドライヴ搭載型MSに対抗するには旧世代機では限界がありました。そこでカタロンは独自のネットワークを駆使した情報戦に重きを置くこととなり、その指導力の高さも評価されていたクラウスはパイロットとしての役割を離れ、リーダーとして組織の運営、強化に取り組むこととなります。

刹那によってスカウトされたライル・ディランディはCBへの参加を決意しますが、ライルからの相談を受け、CBとカタロンの共闘への期待を託してその背中を押したのはクラウスでした。二人は同年齢であり、ライルもカタロンにおいてはMSパイロットを務めていたとみられることから、連邦との厳しい戦いの中で互いを認め、深く信頼し合うこととなったのでしょう。収容所からの捕虜救出作戦ののちにスメラギと直接会見する機会を得たクラウスは、カタロンとCBの密接な協力態勢を提案しますが、カタロンの目標が地球連邦体制そのものの打倒であること、またカタロンが決して一枚岩の組織ではないことなどから拒否されてしまいます。それに対してクラウスは、たとえ一方的なものであれCBへの支援を惜しまないことを申し出ます。強硬な指揮官であれば非協力的なCBの姿勢を難詰し、実力行使によってCBの戦力を取り込もうとしたかもしれません。ガンダムマイスターとなったとはいえ、この時点でのライルはCB内での信頼関係も希薄であり、本人としてもカタロンの一員としてCBに潜入しているという意識の方が強かったでしょう。クラウスにその意思さえあれば、ライルと内応することで基地内に招き入れた刹那たちを拘束し、ガンダムを奪うことも不可能ではなかったはずです。クラウスの柔軟な姿勢はスメラギから信用を得ることとなり、カタロンのスパイとしての活動も継続しているライルの立場を黙認させることともなりました。

メメントモリ攻略戦、連邦軍クーデター派の決起に呼応したことなどにより多くの人員を失ったカタロンは、クラウスが中心となり残された戦力を糾合することとなります。そのクラウスが決断したのは、クーデター派残党からの再びの呼びかけに応じ、宇宙へと上がるということでした。地上におけるカタロンの戦力のほとんどを失うこととなった前回の共闘を踏まえれば、宇宙の反連邦勢力を一掃するための罠であると断じ、黙殺しても仕方がないところです。あるいは以前の彼であればそうしたかもしれません。クラウスの考え方を変えることとなった契機は、ブレイクピラー事件後、各地の支部が壊滅したことによって余儀なくされた潜伏生活の中にありました。ある時クラウスはマリナが子供たちのために作った歌がラジオから流れるのを耳にします。これはダブルオーライザーが放出した高純度GN粒子の効果によって子供たちの歌声が多くの人々の意識に伝播し、口伝えで広まったことによるものでした。

ヴェーダによる情報統制によって世界の人々の多くはアロウズの行いを知り得ず、CBやカタロンのような反連邦組織に対しても、長きにわたる三陣営の対立を経てようやく成った平和に道理なく逆らう悪であるという認識が大勢です。一方で、連邦の実態を知りながらも、世界の真実の姿を見失っていたという点ではクラウスたちも同様でした。かつてティエリアが沙慈に語った無自覚の悪意に対する怒りが、カタロンという組織の原点にあります。連邦に属さない国々がいかに苦しもうとも世界の人々は興味を持とうとしない。自分たちさえ平和と豊かさを享受できればそれでいいのだろう。圧倒的な軍事力を持つ連邦との絶望的な戦いが続くにつれ、クラウスのような理性に富む人間でさえもそのような偏見に囚われずにはいられませんでした。無自覚の悪意の存在は一面の真実ではあるものの、それが人の内面の全てというわけではない。平和な日常を願うマリナの歌が人々に受け入れられていることを知り、クラウスは気づかされることとなります。

ささやかな歌でさえも世界を変える力となりうる。勇気づけられたクラウスは宇宙においてアロウズとの決戦に臨み、CBの窮地を救い勝利へと導くこととなりました。戦後、カタロンの解体とともにクラウスはシーリンらと政党を結成し、かつては打倒を目標としていた連邦議会へと活動の場を移します。発展から取り残され、深い戦禍が刻まれた中東の国々の復興に尽力する一方で、ELS事件においてはその重大性を早くに認識して連邦政府に対策を促すなど、反連邦軍事組織を出身としながらも、その高い行動力は軍部からも注目と期待をすでに集めていたようです。意識の変革を厭わぬことで未来を切り開いてきたクラウスでしたが、その先にはさらなる覚悟を要求される大きな変革が待ち受けていました。

西暦2364年、イノベイターの増加に伴う紛争は解決され、人類は探査を目的として外宇宙へと旅立とうとしていました。超長期の旅に備え、1200名のイノベイターのみで構成された探査チーム。その最高責任者として紹介された人物こそがクラウスでした。彼もまたイノベイターへと覚醒を果たしていたのです。2364年においては81歳であるはずのクラウスですが、容貌は初老といえる段階に留まっています。イノベイターの老化速度が仮に常人の半分ほどであるとすれば、クラウスはおそらくELS事件からまもなくのうちに覚醒に至ったものと推測されます。政治家として前途有望であった彼が、その後長く続くこととなる紛争の原因であるイノベイターとなったとしたら。反イノベイター思想を持つ者達にとっては攻撃の格好の的であり、クラウスの立場はきわめて危険なものとなったであろうことは想像に難くありません。しかしクラウスは負けなかったのでしょう。イノベイターの代表として胸を張り、イノベイターという存在が人類社会に受け入れられるべく尽力したはずです。平和を希求し、ついに紛争を根絶させた人類。その努力の結実とも言うべき外宇宙探査計画の最高責任者たるを望まれたことこそが、彼がどのような道を歩んできたのかを如実に物語っています。
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