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月面に根付いたELS

3基もの軌道エレベーターが存在したにも関わらず、00の世界における宇宙開発はきわめて停滞した状態にありました。これは三陣営同士が互いの勢力伸長を嫌い牽制しあった結果で、三陣営共にいくつかの実験的スペースコロニーを所有するのみで、宇宙開拓の最大の拠点となるべき月面に至ってはほとんど手付かずといった有様です。恐らく月については不可侵の条約が結ばれていたのでしょう。そのようなものでもなければ、無尽蔵の鉱物資源が眠り、軌道エレベーターのような建造物も存在しない月面は、三勢力が互いの軍事力を無制限に振るいあう格好の舞台となっていたはずです。また、20世紀末に懸念された人口爆発も起こらず、ナノマシン技術の進歩によって深刻な環境問題は解決することが可能となり、太陽光発電システムによってエネルギー問題も解消されたために、強いてフロンティアを開拓する必要が無くなっていたということも、宇宙への進出が停滞した要因と言えます。

宇宙への関心を失い、長年に渡り地球上での区々たる紛争に耽っていた人類。その目を再び宇宙へと向けさせることとなったのは、異星体ELSの来訪です。あらゆる面で人類とは異質なELSという存在は、人種やイデオロギーの違いを理由とした人類同士の争いが、宇宙規模で見ればいかに取るに足らないことであるのかを示す何よりの教材となりました。ELSのような異星体たちと向き合っていくためには人類は外の世界をより知らねばならない。人類のフロンティア精神の再生を象徴する「スメラギ」による外宇宙探査計画ですが、この計画が実現に至った背景には、前向きな好奇心のみならず、無知であり続けることへの恐怖があったであろうことも否定できません。

2314年時点においては未だ荒野というべき状態にあった月面ですが、その50年後となる2364年には劇的な変化を遂げていることが確認できます。直径数百kmに及ぶ銀色の円盤状の構造物が生み出されているのです。その構造物の周囲には二回りほど小型の円盤状構造物が三つ配置されており、その独特の表面形状から推測する限り、オービタルリング上に存在する太陽光発電システムと同様の物であるようです。人類は月面にも、しかもこれほど大規模な太陽光発電システムを建設したのか、と思わされるところですが、おそらくこれは人類のためのものではありません。紛争によって既存の太陽光発電システムが失われてしまった、などということでも無い限り、人類の電力需要はすでに満たされていました。また、GN粒子技術の普及によって社会のあらゆる面でエネルギー効率は格段に向上しているはずであり、人類のためだけならば、このような太陽光発電システムを新たに建設すべき理由は無いのです。

ではこの施設は誰のためのものなのか、そもそも誰が生み出したものなのかと言えば、無論それはELSです。中央の大径の構造物からはいくつもの根のようなものが伸びていることも確認できます。かつてのELSは、相手を理解するため、そしてエネルギーを摂取するために接触した星の表層をことごとく侵食してしまうこともありました。しかし人類と接触して個という概念を学び、共存するためには相手を侵食し尽くしてはならないということ知ったELSは、月面の一部のみと同化し、人類から学んだ太陽光発電システムを自ら形成することでエネルギーを得ることを選択したのだと思われます。構造物の表面積は地球軌道上に存在する太陽光発電システムを全て合わせても及ばないほどであり、生み出される電力はきわめて膨大であることでしょう。他にも月面には人類が建設したと思われる大規模構造物を確認することができます。あるいはすでに大都市と呼べるものも存在していて、そこで消費される電力はELSから供給されているのかもしれません。紛争の終結から数十年に過ぎない時期にそれだけのものを建設できたとすれば、そこにもELSの協力があったであろうことが窺えます。

ELS来訪以前、宇宙は過酷な環境と忌避され、開発のために貧しい国からの労働力の搾取さえも横行するという冷え切ったフロンティアでした。しかしELSと人類の双方が月面に根を下ろし、共存を果たしている西暦2364年においては、かつての沙慈のように宇宙に志を持つ若者が世界中から押し寄せる、最も活気に満ち溢れた場所へと変貌を遂げているはずです。
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外宇宙航行艦スメラギ

武力介入によって紛争を根絶させ、争いの火種を抱えたまま人類が外宇宙へと進出することを防ぎ、来るべき異種との対話に備える。それがイオリア・シュヘンベルグがCBを創設した目的です。ELSの来訪によってその順序は大きく前後することとなったものの、数十年の争いの末についに人類は紛争根絶を成し遂げ、ELSという異種とともに外宇宙へと旅立つ日を迎えることとなりました。そのために建造されたのが「外宇宙航行艦スメラギ」です。総勢1200名の乗組員は全員がイノベイターによって構成されており、それはこの外宇宙探査の旅が、数十年、あるいはそれ以上の長きにわたるものと想定されているためです。そのような計画であることから、スメラギも自給自足能力を備えた超大型艦となっており、ELSの花の一片に建設された港に係留されているスメラギの規模は、かつてCBが建造したコロニー型外宇宙航行母艦「ソレスタルビーイング」に匹敵するものと推定されます。本来はその「ソレスタルビーイング」号こそが人類を外宇宙へと導く役割を果たすはずでした。しかし長い戦乱の時代を経て老朽化したことや、ELS来訪後の飛躍的な技術の進歩により、もはや新たに建造した方が合理的であると判断されたのでしょう。あるいは戦略的にも重要な存在であったCB号自体が、紛争のさなかに失われてしまったという可能性も考えられます。

「スメラギ」という名称は、言うまでもなくかつてのCBの指揮官「スメラギ・李・ノリエガ」に因んだものです。アロウズとの戦いの後のCBと地球連邦は、ヴェーダを介した暗黙の協力関係といった様相でした。しかし表向きはCBは依然としてテロ組織として扱われており、それは連邦軍の中には三陣営時代にCBによって直接の被害を受けた軍人も多いためで、地球連邦としてもCBを肯定するかのような態度は安易にとれない情勢であったからです。ブレイクピラー事件の際に姿をさらしたことにより、CBを象徴する人物として世に知られてしまっているスメラギの名が、全人類の記念碑ともいうべき外宇宙航行艦に冠されるということは、2364年においてはCBに対する評価が画期的な変化を遂げているということを物語っています。ELS来訪から十数年後においても、CBは活動を続けていることがわかっています。おそらくそこから遠くない時期に、既存人類とイノベイターの紛争を終結させる上で、CBは決定的な役割を果たしたのでしょう。その業績に対する最大限の敬意の表れが「スメラギ」なのです。
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